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NPO法人
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四谷伝統芸能振興会
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さてこのたび、地域の市民による、話芸を中心とした日本の伝統芸能の振興を目的として「四谷伝統芸能振興会」を立ち上げ、ま
たNPO法人の認可を受けました。
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かつて1930年代には東京に寄席106軒、講談席8軒の定席がありました。現在都内の寄席はわずか5軒、講談席はゼロ、関西に
いたっては落語の定席というものがありません(いまは「繁昌亭」ができましたね、喜ばしいことです―2007年追記)。テレビ、ラジオで話芸に触
れる機会もめっきりなくなりました。
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現代は無駄を省き、機械化、合理化することで発展してきました。ところがここに来て、将来への漠然とした不安を感じることは否め
ないものがあります。たいそうなことを申しますが、それは人と人とのコミュニケーションが失われつつあることがひとつの要因ではな
いでしょうか。この閉塞感をカラッと吹き飛ばすために、街をコミュニケーションの場として生き生きとさせたいと願います。
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人と人が顔をあわせ、肩を並べて滑稽話を笑い、人情話に泣く…そんな場所である寄席を、江戸の香りを残す四谷という地域から、
活性化したいと考えます。私たちは伝統とは頑なに何かを守ることではなく、次代の継承者によって形成され、発展するものと思いま
す。自由な発想で、話芸の継承者たちに活躍の場を提供し、子どもたちからお年寄りまで一緒に楽しめる場を街に作り出す――「四
谷伝統芸能振興会」はそんな活動を目指します。
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★ 落語会スケジュール・会場地図はこちら
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なにを思ったか、四伝会プレゼンツ文藝(?)コラム
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落語を知らない人も楽しめる! これさえ読めば話芸の真髄がわかる!
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キャッチコピーは「戯作者も見てきたような嘘を言い!」
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毎月、落語をネタに言いたい放題。なにとぞよしなに。
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明治の東京を舞台にした講談原稿を書かねばならぬため、明治時代の資料が山積みになっている今日
この頃。
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自分に言い訳をしつつ、漱石かなんかを読み返したりするものですから、結局時間は無為に過ぎていくの
でした。
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もちろん今回のネタも時代的にあっているから、こいつァ色と欲との二人連れだ、へっへっへ的な発想で
決まったわけであります。
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しかも件[くだん]の原稿〆切まであと二週間しかありませんから、とりあえず『語隠』のまとめ書きをしなくち
ゃいかんという仕儀におよぶわけです。従いまして、仮に今週某国から飛んできたミサイルが首都東京を直
撃するようなことがあったにせよ、第二回目の書き出しは何事もなかったかのように始まるということを予め
おことわりいたしまして、甚だ簡単ではございますが、今回の前口上とさせていただきます。誠にありがとう
ございました。
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「上は来ず、中は昼来て昼帰る、下は夜来て朝帰る、下下は居続け、その又下下が居残りをする」などと
昔から申しまして、こんなことァあんまり学校じゃ教えません。"声に出して読まない方がいい日本語"てな按
配であります。
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以前にも何度か申し上げましたが、官許の廓というものは吉原だけ。江戸四宿と呼ばれた、千住、品川、
板橋、新宿は準公認とでもいいましょうか、通常の岡場所(私娼地)よりはいくらかランクが高い遊び場だっ
たわけです。まあ、内容は変わらないんですが、タテマエは旅籠ですから四宿の遊女は女郎とは呼ばず、飯
盛女と呼ばれていました。
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その四宿の中でも、吉原に唯一対抗できるのが品川。吉原が"北"と呼ばれていたことから"南"と称し、吉
原の遊女三千人に対し、品川遊女二千人と言われておりました。
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ここまで書いてきて、ふと気づいたことがあります。それは
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「今回、構成をうまくやらないと、『品川心中』のときにすごく困る!」
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ということであります。
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"品川"という場所の説明はいいとしても、問題はこれからの方向性ですね。
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まあ、中には「白々しく今気づいたようにことを言っているが、本当はマス目を計算した"埋ネタ"なんじゃな
いの」などという下種の勘ぐりをする輩もいるかもしれませんが、私はそういう人とは付き合いたくありませ
ん!
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確かに残りペラ一枚を切り、このまま引っ張ればネタの温存になることは明らかですが、卑しくも戯作を志
す者としての気概は忘れてないつもりです。いいですか、講釈師でもあり戯作者でもあった馬場文耕という
人は、封建社会においても、幕府に対し舌鋒鋭く追及を重ね、志半ばにして不幸にも――つまり私が言わ
んとしていることは……。
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いやぁ、しかし驚きましたね。まさかス○ップから二人目の逮捕者、しかもまた裸で捕まっちゃうなんて!
え? そんな事件はありませんか? そうですか。なんせ前倒しで書いてるもんで、そんなこともあるかなぁと
思う今日この頃であります。
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で、まぁ前回もお話したとおり、『居残り佐平次』→『品川心中』これはカブリまくりじゃねぇか、でもいつかは
やんなきゃなんねぇし、どうすんだよの法則についての一考察が今回のテーマであります。
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だってねぇ、あの名作と言われた『幕末太陽傳』(川島雄三監督)ですら『佐平次』+『品川心中』ですよ。今
更言ってもせんなきことなれど、いっそ『品川ラプソディ』とか銘打って合せ技でやっちまうという手もあったよ
な。
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でも、悩んでる場合じゃないんだよね。時間がないから前倒しで書いてるんだし。当然資料も置かぬフリー
ハンドでやってます。弱ったね、こりゃ。ははは。
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昔も今も罪を犯した者には、法に照らし合わせ刑が決められます。時代により変化はあるものの日々の
暮らしの中にも規則やマナーというものがあります。従いまして、廓には廓の法というものが存在します。
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佐平次の容疑は無銭飲食です。初期の遊里の法に則りますと、判決は"桶伏せ[おけぶせ]"です。覗き穴
をつけた、図抜け大一番御椀形、というような桶を被せ、その上に逃げられないよう石を乗せます。なんのこ
たぁないバッタが捕まったようなもんですな。
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部屋の内装はフローリングならぬドローリングのワンルーム。トイレもありませんし、絵もない花もない歌も
ないそして飾る言葉も洒落もない、そんな部屋です。食事は塩むすびくらいくれたようですが、身元引受人が
代金を払いにこなければ、五、六日はそのまんま。冬なら確実に死にます。
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江戸も中期になると、このシステムはなくなり、代わって導入されたのが、落語ファンお馴染みの"付け馬"
です。
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佐平次の場合、身寄り頼りがなく金を工面してくれる者も一切いないということで、馬も付けられず"行灯部
屋入り"になったわけですね。でも、本当の"行灯部屋入り"というのは、持ち物一切を取り上げられ殴る蹴
る、最後に裸で放り出されるという悲惨なものですが、この噺は、江戸も後期、しかも廓の主人が仏様のよう
な気性ということで、シチュエーションコメディーとして生き延びたわけです。
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ちなみに、若い衆に囲まれた佐平次が屋根に飛び上がり、見得を切り、つまらないサゲをつけなければ、
『居残り小僧 佐平次』という連続物の講談にすることも可能ですが、どうですか、蘭くん。
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えーっと、原稿地獄から無事生還しました。心より御礼申し上げます…って、誰にだよ。
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いやー、書けなかった、書けなかった。まったく、どうしたものか。
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三日間の睡眠時間が合計で九時間。てことは一日三時間しか寝てません。それでもってたかが台本、し
かも一五枚、一本書き上げただけですからな。ちょっと気が利いた人なら、ヨーロッパ征服してますから、本
当に。
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以前から思ってましたけど、この世には私が原稿を書こうとすると、書く時間をどんどん奪っていく"何か"
がいます。ああ、絶対にいます。土砂降りの雨の中、ひっきりなしに客が来て、そんで、流しのおじさんまで
来て私に「若いお巡りさん」を歌えって言うんですよ。つい歌っちゃったじゃねえか。
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まだちょいとふらふらしてますが、先週の地獄の一週間に比べたら、語隠の一本や二本、ちょろいもんで
す、と言いながら書くことなくってうだうだと原稿用紙二枚目にむりくり進めているのでしたとさ。わはは。
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品川は古くから漁業と海運で栄えた"湊町"です。品川湊の発展とともに、廻船問屋や海産物問屋が財を
成し、多くの豪商が誕生していたわけです。廻船問屋といえば、時代劇ではたいてい代官と組んで悪い金儲
けをすると相場が決まっています。そんなに稼いどいて、まだ欲しいか! 欲しいのです。それが人間という
ものなんですね。
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ところが小判だって表裏があって一両。いい廻船問屋もいます。
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「もうけた金は世間様にお返ししよう」
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というわけで、品川には、神社仏閣が多いわけです。なんかもう、ありとあらゆる神様、仏様がいます。恵
比寿もいる大黒もいる布袋もいる。沢庵だっているし、なんかよくわからんが縛られてるお地蔵さんだってい
る。
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しかし、なんといっても私が気に入ったのは"ホームラン地蔵"です。すごいね、どうも。
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心臓の病気のため長く入院している野球好きの少年のもとを一人の新人選手が訪れ、ある約束をいたし
ました。
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「君のために誰よりもたくさんホームランを打つよ!」
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薬効甲斐なく、少年は14歳の若さで亡くなります。しかしそれから何年かののち、その選手は少年との約
束を果たし、墓前に花を手向けたということでございます。
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この選手の生涯に打った本塁打は八六八本。名前は申し上げる必要もありますまい。本日は品川海徳寺
にございます、ホームラン地蔵由来の一席でご定刻でございます。
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(誰かやるなら書きますけど。すでに田辺一門が持っていそうなネタだな)
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えー、いよいよ『居残り佐平次』ファイナルでございます。ファイナルといえば、最終回ですね。最終回とい
えば、先日、私が所属している新宿区軟式野球リーグの春季大会第三戦、9対6で迎えた最終回、裏の攻
撃。同点に追いつきなおも二死一、三塁。そこで、我がチームのバッターの打った球はセンター前に抜け劇
的なサヨナラゲームとなり、三回戦を見事突破。いよいよ来月の試合でベスト8を目指すのでした。ちなみに
この試合、結果を見るだけでは「かなりの乱打戦だったんだろうな」と考えがちですが、さにあらず。「劇的な
サヨナラ」などと申しましても、実のところ今大会最長試合となったこの試合後の審判団の評価は「劇的とい
うより、病的なミスの応酬だったな…」というものでした。メンバーが連れてきた小学生の息子にいたっては
「まだ終んないの? おうち帰りたい」などと言い出す始末。とほほ。"最終回"という言葉でここまで引っ張る
『語隠』でござい。
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芸者すりゃこそ御召の着物 うちじゃお飯も食いかねる ああこりゃこりゃ
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昔の人ァうまいこと言う。遊里で働く女性たちもすべてにおいて悲劇の持ち主と決まったものではなかった
んですな。まぁ遊びの場というのは所詮、男と女の性根を見据えた上の虚構の世界であり、嘘を百も承知の
ままごと遊び、そう思えばこそ相手に対して情もいたわりも出てくる。この遊びのノウハウを昔ァ"廓の諸分け
"[さとのしょわけ]と言いまして、学校じゃあんまり教[おせ]えない。知らねぇてぇと"おはきもの"つまり"掃き
出す"ということで、ぞんざいな扱いを受ける。銭に頼る客、床を急ぐ客なんてのが一番いけません。他に
は、江戸の世間に慣れていない地方出の侍、いわゆる"浅葱裏"てぇのがよくなかったそうですな。
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品川であった話では、酔ってやって来た浅葱裏が、「猪を食わせろ!」なんて無茶を言う。第一、猪の肉な
んぞ品川にあるわきゃあない。そうすると店の奴にもひどいのがいて、犬の肉を出したのがいる。またそれ
を知らない侍たちが「江戸の猪は柔らかくて臭みがない」などと言い出して、とうとう品川中に犬がいなくなっ
たという、これはほんとの話なんですな。……ま、最後ですから噺の本来に戻りますか。
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この噺はサゲがわかりにくいことで有名ですが、たとえばこれも仕込みオチになりますが、佐平次を店から
出すときのやりとりで、柾目の通った最高級の下駄までせしめられたというふうにもっていき、
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「旦那、まさかあの野郎にいいようにしてやられたんじゃありませんか?」
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「なぁーに、ちゃんとおはきものはくれてやった」なんてのはどうですかね。(わかりにくいのは五十歩百歩で
ございます)
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四谷伝統芸能振興会の活動
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(略して四伝会・しでんかい・養毛剤じゃありません)
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★これからの予定
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チケットのお問い合わせは篝火(03−3355−2039)、美舟(03−3357−8177)まで
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※ 開場は開演の30分前です
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お問合せ・チケット予約は各会場まで
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●篝 火 3355−2039 安部
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●美 舟 3357−8177 志賀
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(時間 午後5時〜11時)
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四谷伝統芸能振興会では、このような催しを随時開催していきます。
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江戸の粋、日本語の妙を古典芸能を通じて味わっていただくとともに、このような文化を受けつぐ次世代を
育てたいと願っています。
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